印欧祖語(1)

語源のところで説明したように,英単語の語根(意味の中心)はラテン語ギリシャ語が大多数を占めているが,それでも6割くらいではないかと思う。では,残りの4割はどうかということもかなり気になるだろう?実は,ラテン語ギリシャ語も含めて,多くのヨーロッパ諸語の語源は,遡って行くとある共通の言語に行き着くのではないかと考えた人がいた。イギリス人のウィリアム・ジョ-ンズ(1746-1794)である。彼は,当時インドに判事として赴任していた役人であったが,趣味で東洋学を研究しており,特にサンスクリット語(古代インド語)に興味を持っていた。その結果,サンスクリットラテン語ギリシャ語と偶然とは思えない程に多くの共通点を持っていることに気付き,これら3つの言語がある共通の現存しない言語から派生したものであることを確信するようになる。これが印欧祖語である。

全体論と要素還元主義(3)

前回に引き続き,もう少し原子の内部の話をしよう。陽子と中性子が究極の粒子(つまり素粒子)かと言えば,どうもそうではないことが分かって来た。内部構造があるのだ。アイザック・フリ―ドマン(1930-),ヘンリ-・ケンド―ル(1926-1999),リチャ―ド・テイラ―(1929-)らによって実験的に示された(彼らはその業績によって1990年にノーベル賞を受賞している)。実は,陽子にも中性子にも,内部にはクォークと呼ばれる3つの粒子があって,それらが陽子や中性子を作っているらしいことが間接的に実証された。しかし,どうもクォークは陽子や中性子の中から単独で取り出して来ることは難しいらしい。直接観測が難しい(あるいは不可能なのか?)。この辺りのことは,この後,語源の話を進めて行く中で印象的な事態だと感じることになろうかと思う。少し記憶しておいて頂ければ幸いである。次回以降,再び,語源の話に戻しながら,いずれ全体論と要素還元主義の話に戻そうと思う。

全体論と要素還元主義(2)

物質を原子に分割する話に戻ろう。最初は,これで物質の性質もより単純な原理で説明出来るようになると考えられていた。ところが,はじめは数種類しか見つかっていなかった元素が,あれよあれよいう間にどんどん発見されて行ったのだ。元素のインフレである。ロシアの化学者(1834年-1907年)が元素の周期表のアイディアを思いついた1868年当時でも,すでに60種類ほどの元素が見つかっていた(現在では110種類以上見つかっている)。これでは多過ぎて,とても単純な原理による説明どころではない。そこで,メンデレ-エフはとりあえず,多過ぎる元素を少しでも学生に説明し易くするためにどうしようかと色々考えた。その結果,原子量(原子の重さのようなもの)の軽いものから順番に並べてみることを思いついた。すると,原子価(他の原子と結合するときの手の数)が周期的パターンを繰り返すことを発見する。それによって,それ以上分割できない最小単位だと思っていた原子が,実はさらに小さい部品で出来ている(内部構造がある)ことが予想されるきっかけになったのだ。そうして,原子は中心に重い原子核があり,そのまわりを電子がぐるぐる回っていて,更に,原子核は陽子と中性子からなることが後々発見された。

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全体論と要素還元主義(1)

 前回まで説明したように,英単語の理解には,ラテン語ギリシャ語や接頭語・接尾語などの各パーツに分割して捉えることが,非常に有用である。これは例えて言えば,色々な物質を分析していくと原子・分子の各パーツに分割されることに似ている。実は,ラテン語ギリシャ語は,更に共通の祖語に遡ることが出来る(これが印欧祖語と呼ばれるもの)のだが,それがどのような経緯で発見されたのかは次回以降で説明する。

このように,あるモノの実体を詳しく調べようとする時に,各パーツに分解して,それぞれを詳しく調べていくことで,元のモノのことが完全に理解できるという考え方を要素還元主義(Reductionism)と呼ぶ。人体のことを知るのに,脳とか心臓とか消化器とか神経系など各臓器に分けて調べるのに似ている。しかし,各臓器のことが分かればそれで人間そのものが分かるのか?この疑問を突き詰めた考え方が,全体論(Holism)と呼ばれるもので,有機的システムはその部分・部分の算術的総和以上のものであるとする。

実は,私は,語源との付き合い方は全体論的でなければいけないと考えている。徐々にそのことを説明して行きたい。いや,それこそがこのブログのテーマですらあるのかも知れない。

代表的接頭語(2)

前回に引き続き,代表的接頭語と具体例を見てみよう。

(7)dis-(or di-, de-)=「反対;否定;除去;奪取;分離;低下」の意

  これは,もともとdwo-(=two)という印欧祖語から派生しており,二者の間で意見が割れたり(反対・否定),一人がもう一人から物を移動(除去・奪取)するイメージで捉えると分かり易いだろう。

 :discourse=dis- + course(通路;進行)=dis- + currere(ラテン語“走る”) =走り回る(議論する)=講演;論文;論述

(8)per-=「~を通して;どこまでも;過度に(=through)」の意

 :perfect=per- + facere(ラテン語“作る”)=作り過ぎる=完全

(9)pre-(or pro-)=「前~;~の前(=before)」の意

 :president=pre- + sit=pre- + sedēre(ラテン語“座る”)=会議で前に座る  =社長

(10)re-=「後に;再び;何度も(=back, repeat)」の意

 :report=re- + portre(ラテン語“運ぶ;伝える”)=後で伝える=報告する

(11)sub-(or suc-, suf-, sug-, sup-, sur-)=「下;次(=under)」の意

 :subject=sub- + jacēre(ラテン語“投げる”)=潜在的に投げかける=主題(テーマ)

    succeed=sub- + cēdere(ラテン語“行く;進む”)=次の段階に進む=跡を継ぐ;続いて起こる;うまくいく;成功する

ここには,音韻変化の一つ「同化(assimilation)」が起こっている。sub- の”b”

が隣接する”c”に引きづられて suc- と変化してしまったのだ。

代表的接頭語(1)

今回は,代表的な接頭語を紹介しながら,その具体的例も見てみる。

(1)ab-=「離れて;遠くへ;欠如して(=off, apart, far from)」の意

 :abnormal=ab- + normal(普通の)=ab- + gnōmōn(ギリシャ語“定規;規則”) =異常な

(2)ad-(or ac-, a-)「移動・方向・変化・近似・増加・固着(=to, near, at)」の意

 :adventure=ad- + venīr(ラテン語“来る”)=迫り来る(危険)=冒険

(3)anti-=「反~;非~;~の敵;~の反対(=against, opposite)」の意

 :antipathy=anti- + patein(ギリシャ語“感じる”)=反感;反発

(4)ambi-=「周囲に;両側に(=around)」の意

      :ambivalence=ambi- + value(価値)=ambi- + valēre(ラテン語“強い”) =相反する価値観(感情)の葛藤

(5)com-(or co-, con-)=「~と共に(=with)」,「完全に(=complete)」の意     

:company=com- + pnis(ラテン語“パン”)=同じ釜の飯を食う人                  =仲間;会社

(6)dia-=「横切って;~の間に(=between, across)」の意

 :dialect=dia- + logos(ギリシャ語“言葉”)=仲間の間で使う言葉=方言

  diameter=dia- + meter(計量する)=dia- + metron(ギリシャ語“計量する”)  =横切って計る=直径

語源とは(3)

一般的に複雑で長い英単語は以下のような構造になっている。  

接頭語+語根(意味の中心;ギリシャ語・ラテン語など)+接尾語

例として,discoverer[diskᴧ́vərər]*1

(3)深入りさせる

(4)責任ある立場に立たせる;苦しい立場におく

(5)(~oneselfの形で)(言明・約束などを与えて)わが身を縛る;責任を引き受ける;全面的に乗り出す;身動きできなくなる;苦境に立つ

辞書に出てくる順番で並べて見た。学校では大抵(1)(2)の意味しか習わないので,どうも意味のつながりが分からないまま機械的に覚えてしまうように思う。しかし,これらの意味群全体を眺めていると,(3)の意味が一番大本で,他はこれから派生したものだと見えて来ないだろうか?辞書に出て来る順番は,頻出順なのだろうと思うが,これでは木を見て森を見ずになってしまう。これを最初から語源的に分解していれば,こんな見落としはしないで済む。commit=com-(「完全に」の意) + mittere(ラテン語“送る;行かせる;放棄する”)=徹底的に任せる=深入りさせる;委任する という風に自然とニュアンスが掴める。

*1:名)発見者)という単語を分析すると,dis-(「分離・除去;反対・非」の意) + cover(包み;覆い) + -er(「~する人」の意)=覆いを取り除く人=発見者 となる。こうすると途端に単語本来の意味が分かり易くなる。丁度,漢字を偏と旁に分けるようなもの。そして,いずれ詳しく説明したいのだが,語根の部分がギリシャ語やラテン語よりもっと原初的な語源(印欧祖語)に遡れる。更には,二つ以上の語源が合体して一つの語根を作っていることもある。

また,単語の中には非常に多義的な(意味がたくさんあって,しかも,それらが互いに関連がなさそうに見える)単語が少なからずある。そのような場合こそ,上のような分析によって漸く,その単語の本来のニュアンスを掴む事が出来る。1つの具体例を見てみよう。

<例1>commit[kəmít] には,以下の意味がある。

(1)(罪・あやまちを)犯す (commit a crime)

(2)委任する;委託する(→committee(委員会